第34回 日本伝統俳句協会協会賞
アルプス一万尺 内藤花六
炎天や槍と穂高を分かつ道
岩塊の矢印先は夏空へ
岩登る日盛呼吸のみ聞こゆ
水すべて汗となりけりテント負ふ
天水を命の水として登山
絶壁の赤き梯子や雲の峰
落石の音にしづまる穂高夏
雲影のお花畠をすべりゆく
雪渓のトレース硬き一歩踏む
登頂やコップそれぞれ酌むビール
夕風や標高三千を端居
たう/\と滝雲白し夏の山
雲海の彼方大きく槍ヶ岳
登山小屋のホットミルクにウヰスキー
百年を守る登山小屋朝日染む
山小屋の弁当竹皮ちらしずし
強力の夏山通ふふくらはぎ
涸沢の点と千張星月夜
流星や小屋の溶けゆく山の闇
滑落を小屋で聞く朝身にぞ入む
山探し人鳥けもの草の花
アルプスの一万尺や小鳥来る
上人のゐし岩窟や秋の声
登頂の膝の震へや天高し
槍穂先秋天のほか何もなく
アルプスの大槍小槍月今宵
名月や槍ケ岳といふ黒き影
山小屋の一期一会や月の友
明日は皆道を分かつや今日の月
秋水と共に下界へ帰りゆく
第34回 日本伝統俳句協会新人賞
秘密の匂ひ 新家月子
予告まで見て初冬の一日かな
泥棒に呉れてやらうか大根干す
斑鳩に螺鈿の机神無月
初雪のどこか埃の香りして
丘の始まる所から冬の空
日記果つここが始発で終点で
海暮れて割れた氷に映る空
寒月光涙納める箱が無い
一枚の紙に手を切る春浅し
羊羹のはじつこが好き二月尽
春時雨名を呼ばるるは温かし
くたびれし街押さえつけ黄砂降る
一本の選に始まる大試験
鋼鉄の十字架の影春灯
拍手して拍手さるる日楠若葉
煙草屋に未央柳の昼深し
夏蓬布教の島の土を割る
勝馬よりも負馬に空広し
両肩を組みし真昼やビール干す
昨日さへはみ出せぬまま原爆忌
祈り願ひは片道で星流る
蜻蛉のいつも何かを探しをり
ひと巻きに掬ふ秋晴アルデンテ
地下室に秘密の匂ひ秋の空
蟷螂のそつくり返る跨戦橋
一冊を旅して暮るる文化の日
花束の重さと秋の風の中
まづ飛んでそれからのこと飛蝗翔ぶ
フランスの大作一本小鳥来る
秋の蝶何かを得たく残したく
第34回 日本伝統俳句協会賞 佳作
第一席 「翼のやうな」 渡辺光子
第二席 「阿蘇」 大川内みのる
第三席 「鎌倉の四時」 長谷川槙子
第四席 「師の庭―秋から冬へ」 黒川悦子
第五席 「水の端」 名木田純子
佳作の作品は機関誌「花鳥諷詠」4月号に掲載
「花鳥諷詠」の購入申込みはこちらから