第31回 日本伝統俳句協会賞
「金魚飼ふ」和田和子
貰ひしは酔ひし勢ひ金魚飼ふ
いたいけな命貰ひし金魚かな
寝不足や金魚迎へし夜の明けぬ
一人居に金魚二匹の加はりぬ
諦めてゐしが金魚を飼ふことに
古稀吾に土佐金といふ家族かな
恐れたる金魚の命失くすこと
金魚飼ふ命我が手に託されし
傾城のやうにあでやか土佐金魚
金魚飼ふ揚巻役者の名を貰ひ
金魚呼ぶ贔屓の歌舞伎役者の名
そり尾持つ土佐の金魚の華やかさ
泳ぐ鰭愛でらるる鰭持つ金魚
水換へてしばし金魚に呆けをり
金魚とは真上より見て金魚かな
こんな日も尾ひれ涼しく揺らしをり
水槽の金魚をさなに数不思議
をさなの手ためらひの無く金魚へと
をさな等の去んで金魚の安らけし
鮮やかな赤の斑纏ひ金魚かな
磨きたる水槽にある淑気かな
寝正月なれど金魚の世話はする
水槽の隅に動かぬ寒金魚
金魚にも寒さ除けして灯を消しぬ
寒の水金魚いたはり均し入れ
日脚伸ぶ金魚にもある昼と夜
土佐に生れ金魚太陽好みけり
溜息をつけば金魚の飜る
暖かや金魚と共にある暮し
我が生と金魚の生といとほしく
第31回 日本伝統俳句協会賞新人賞
「藍色の空」原田佳織
賑はひの中央郵便局の春
今日髪を切り春日傘買ひに行く
春風に乗り青虫の一人旅
魚河岸の軍手に積もる春の雪
マラケシュの旧市街めく蜷の道
薄墨を幾重に瀬戸の島おぼろ
始まりはビッグバンかも蝌蚪の紐
春昼や薔薇の間といふティルーム
狩知らぬ猫や蛙の目仮時
柴犬のしつぽの跳ねて麦の秋
五月闇白く聳ゆる角櫓
図書館の開館待ちか梅雨鴉
丸ビルを真白に包む夏の雨
道草と内緒話と鈴蘭と
母の名の入りし包丁鱧料理
愛でられてふくふく肥ゆる金魚かな
白南風や御列警護の黒背広
制服の袖から先の日焼かな
鬼やんま折れ線グラフまた描き
逆光の重さに揺るる芒かな
鰯雲あの頃までもつづきをり
野良猫の国の入り口星月夜
穭田や次のバスまで一時間
冬蜂の花びら摑む強さかな
築山の光をあつめ石蕗の花
落葉径ふいに空気の入れ替はる
綿虫や駒場祭まで二週間
オフィスの藍色の空冬灯
地下鉄のぐわんと曲がり年の暮
竹垣の節目のリズム春近し
第31回
日本伝統俳句協会賞
佳作
第一席 「言ひだせぬことば」 宮内 千早
第二席 「門一つ」 松本みず代
第三席 「少 女」 抜井 諒一
第四席 「夜 魄」 森永 清子
☆佳作作品は機関誌「花鳥諷詠」3月号に、本選選者の選評・選考経過・受賞者のことばは4月号に掲載。