虚子の雑詠選

主な俳人の初めてのホトトギス巻頭入選句

◆ 渡辺水巴・・明治41年10月号(26才)

花鳥の魂遊ぶ絵師の午寐かな
長者許山伏共の午寐かな
草山を又一人越す日傘かな
雨に逢ひし衣壁にあり蚊遣焚く
出船送り入船待て水を打つ
葛水や顔青き加茂の人
夜濯ぎの心やすさよ飛ぶ蛍
山百合に雹を降らすは天狗かな
手習の子の親々の案山子かな
女の子交りて淋し椎拾ふ
旅笠にあわただしさよ椎落つる
山越えて海の日がある芒かな

◆ 前田普羅・・大正2年3月号(29才)

雪晴れて蒼天落つるしづくかな
農具市深雪を踏みてかためけり
雪の峰に人を殺さぬ温泉かな
荒れ雪に乗り去り乗り去る旅人かな
雪明り返へらぬ人に閉しけり
ぬかるみの本町暗し冬至梅
雪垂れて落ちず学校始まれり
炭割れば雪の江のどこに鳴く千鳥

◆ 原 石鼎・・大正2年6月号(27才)

やまの娘に見られし二日灸かな
柿の木の幹の黒さや韮の雨
囀や杣衆が物の置所
高々と蝶こゆる谷の深さかな
花影婆娑と踏むべくありぬ岨の月
花の戸やひそかに山の月を領す
石楠花に馬酔木に蜂のつく日かな
やま人と蜂戦へるけなげかな
虎杖に蛛の網に日の静なる
腰元に斧照る草の午睡かな
粥すする杣が胃の腑や夜の秋

◆ 原 月舟・・大正2年12月号(24才)

漆掻く肉一塊や女なし
あざけりの礫戸に聞く夜学かな
わが母を賢しと思ふ夜学かな
古き歌うたへば悲し草の月
朝壁画かけしが秋の出水かな
秋出水かくてすたれる俚謡かな
水桶に澄む山影や秋出水
糧ためる蟻の心に萩晴れぬ
無花果を好く妻弱し廚事
大木を枯らす鴉や秋の暮
塔見ゆる浜辺の秋ぞ空せ貝

◆ 村上鬼城・・大正3年1月号(49才)

初雪の見事に降れり万年青の実
瓜小屋に伊勢物語哀れかな
樫の実の落て駆け寄る鶏三羽
秋空や天地を分つ山の王
小春日や石を噛み居る赤蜻蛉
茨の実を食うて遊ぶ子哀れなり

◆ 飯田蛇笏・・大正3年3月号(29才)

冬山に僧も狩られし博奕かな
或夜月に富士大形の寒さかな
書楼出て日寒し山の襞を見る
束の間の林間の日や茎洗ふ
山賤に葱の香強し小料理屋
人妻よ薄暮の雨に葱や取る

◆ 石島雉子郎・・大正3年10月号(27才)

鯉浮て栗落ちて水輪相うてり
我子病めば死は軽からず医師の秋
兵役の無き民族や月の秋
鳳仙花空けば又住む門長屋
移り来し人の喪服や鳳仙花
会はで発つ義理や乳母知る虫時雨
とぶ蜻蛉鉢巻取りて会釈かな
舟人の眠れる棹に蜻蛉かな
流れ棹追うて離れて蜻蛉かな
蜻蛉や盗るにまかせて門瓦

◆ 西山泊雲・・大正4年11月号(39才)

松明揚ぐれば峡中赤き夜振かな
小百姓の廂普請や芋の秋
芋虫の糞の太さや朝の雨
芋の葉に玄翁の火や石碑彫る
鍬軽く十の田の水落しけり
郵便夫に犬つき行くや草の花
一本の黍の鈴なりの雀かな
野分晴穂黍押しわけて水貰ひ
抱き来て如何に備へん案山子かな
江の島に朝寒の旭のあたりけり
藪開墾きし根で風呂焚くや秋の暮
葉を喰はれて芋や土中に黙し居る
月の萩うねりに堪へて虫も啼かず
乞食に銭投げやるや草の花

◆ 長谷川零余子・・大正7年7月号(32才)

大島晴れて木の芽に風の荒きかな
寝惜しめば花茣蓙にかげる月ありし
芋掘の提灯太し露の中
蓼へ倒れし厨戸にかかる驟雨かな
障子しめて火桶なつかし若楓

◆ 岩木躑躅・・大正8年2月号(38才)

地の窪に屋の棟見ゆる冬野かな
我が倚れる冬木しづかに他に対す
大根鎧へる壁の小窓の障子かな
歳晩や遅参ながらもほ句会へ
ひろ庭の霜に焚火や僕夫婦

◆ 池内たけし・・大正8年11月号(30才)

来る後に暮るる霧あり野路の秋
見えがてに遅るる人や野路の秋
直ぐ消えし水輪や秋の水広し
絵馬堂の乾ける土間や秋の雨
雨降れば濡れて乾ける桐一葉
人出でし門を通るや秋の暮
古道や真間の入江に沿ひて秋
秋寺に人さわがしや詣で去る

◆ 日野草城・・大正10年4月号(24才)

遠野火や寂しき友と手をつなぐ
牡丹や眠たき妻の横坐り
春雨や頬と相圧す腕枕
星を消す煙の濃さ見よ夕野焼く
深夜の卓のさくらんぼうに聖く居し
春泥に刎泥もあげたる素足かな
春宵の咽喉に影落つ襟豊か
ストーヴを背に読む戯曲もう十時

◆ 鈴木花蓑・・大正10年12月号(44才)

夕焼す縁側へ月の供へ物
木蔭より耳門入る月の寺
風の樹々月振り落し振り落し
蛼や月の厨戸隙だらけ

◆ 阿波野青畝・・大正13年9月号(25才)

お命講かかはりなしや余所の寺
傘やでで虫の垣すれ出づる
蚊帳の香や寝覚めあはせし声のして *かや当字
蚊柱や吹き浚はれて余所にあり
蚊の柱ちりもおほせず二日月
吾妹子も乗せて漕出て浪すずみ
網舟の波とうちあふ浮巣かな
月涼し鳥不宿の棘のかげ

◆ 川端茅舎・・大正13年11月号(27才)

からくりの鉦うつ僧や閻魔堂
閻王や菎蒻そなふ山のごと
閻王の涎掛せる拝みけり
侍者恵信糞土の如く昼寝たり
塔頭の鐘まちまちや秋の雨
しぐるるや僧も嗜む実母散

◆ 水原秋桜子・・大正13年12月号(32才)

夕月のたへにも繊き案山子かな
たのしさはふえし蔵書にちちろ虫
句修行の三十路に入りぬ獺祭忌
宵闇や通ひなれたる芋畑
鯊釣や友舟とほき澪標
暮潮の芥まとひぬ鯊の魚籠
やうやくに倦みし帰省や青葡萄

◆ 高野素十・・大正15年9月号(33才)

打水や萩より落ちし子かまきり
蟷螂やゆらぎながらも萩の上
露けさや月のうつれる革蒲団
雨晴れてちりぢりにある金魚かな
門川をやがてぞ去りぬ魂送り

◆ 松本たかし・・昭和4年3月号(23才)

鶺鴒のあるき出て来る菊日和
白菊の枯るるがままに掃き清む
狐火の減る火ばかりとなりにけり
立てひらく屏風百花の縫ひつぶし

◆ 中村草田男・・昭和5年10月号(29才)

つばくらめ斯くまで並ぶことのあり
蝸牛やどこかに人の話声
水影と四つとびけり黒蜻蛉
家を出て手をひかれたる祭かな
前空となく稲妻のひろかりき