虚子の俳句

虚子曰く 「俳句如何ぞ叙情詩ならんや、けだし俳句は叙情詩なるもあり 叙事詩なるもあり又叙景詩なるもあり。」 明治28年

虚子俳句50(新年より)・・・ 坊城俊樹 抄出

去年今年貫く棒の如きもの
大空に羽子の白妙とどまれり
手毬唄かなしきことをうつくしく
やり羽子や油のやうな京言葉
たとふれば独楽のはぢける如くなり  碧梧桐とはよく親しみ争ひたり
鎌倉を驚かしたる余寒あり
凍蝶の己が魂追うて飛ぶ
紅梅の紅の通へる幹ならん
ものの芽のあらはれ出でし大事かな
春風や闘志いだきて丘に立つ
一つ根に離れ浮く葉や春の水
怒濤岩を噛む我を神かと朧の夜
ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に
蛇穴を出て見れば周の天下なり
亀鳴くや皆愚かなる村のもの
天日のうつりて暗し蝌蚪の水
咲き満ちてこぼるる花もなかりけり
土佐日記懐にあり散る桜
海女とても陸こそよけれ桃の花
帚木に影といふものありにけり
眼つむれば若き我あり春の宵
春の山屍をうめて空しかり
白牡丹といふといへども紅ほのか
牡丹の一弁落ちぬ俳諧史  松本たかし死す
蓑虫の父よと鳴きて母もなし
神にませばまこと美はし那智の滝
夏潮の今退く平家亡ぶ時も
虹立ちて忽ち君の在る如し
蜘蛛の糸がんぴの花をしぼりたる
風生と死の話して涼しさよ
凡そ天下に去来程の小さき墓に参りけり
風が吹く仏来給ふけはひあり
天の川のもとに天智天皇と臣虚子と
虚子一人銀河と共に西へ行く
石ころも露けきものの一つかな
子規逝くや十七日の月明に
金亀子擲つ闇の深さかな
灯台は低く霧笛は峙てり
秋風や眼中のもの皆俳句
桐一葉日当りながら落ちにけり
爛々と昼の星見え菌生え
ふるさとの月の港をよぎるのみ
遠山に日の当りたる枯野かな
流れゆく大根の葉の早さかな
大根を水くしやくしやにして洗ふ
天地の間にほろと時雨かな
鴨の中の一つの鴨を見てゐたり
旗のごとなびく冬日をふと見たり
手で顔を撫づれば鼻の冷たさよ
大空に伸び傾ける冬木かな