小説『虹』より

虚子曰く
 「子規居士の写生の価値を認めたといふ事はとりもなほさず自然に絶大の価値を認めたといふ事になる。
 ここに自然といふのは天然と人事とを一切ひつくるめていふ事である。自然界の現象、人事界の事相に、従来よりも遥に多くの価値を認め、其一現象、一事相の描写に絶大の意義を見出す事になつたのである。」 大正13年

小説『虹』より

 

 -音楽は尚ほ続きをり-・・・抜粋

 愛ちやんはがんばつてをります。水晶の念珠を右手首にかけて、今生の縁を楽しんでをる様です。

 と言ふ柏翠の葉書が来た。私は其手紙を受取つてから、水晶の念珠を右手首にかけてゐるといふことが頭を離れなかつた。あの病み衰へた手首に水晶の珠数をかけてゐるのかと、昨年の十月に其病床を見舞つて親しく見た其細い手首を想像するのであつた。さうして其数珠を手首にかけたまま静かに横はつてゐる様がけなげにさへ思はれるのであつた。さうして又私の夜眠れない時などは其水晶の珠数を手首にかけて静に寝てゐる愛子の容子を想像してゐると気分が落着いて来て、いつか静に眠に落つる事が出来るのであつた。

 さうしてこんな電報が来た。

 ニジ キエテスデ ニナケレド アルゴ トシ アイコ

 生死の境を彷徨してゐることがわかつた。電話が通じれば電話をかけたいと思つたが、郵便局に聞き合すと、小諸から三國へは通じないとのことであつた。
 それから柏翠の葉書が来た。

 四月一日午後四時五十分でございました。只今納棺を致しました。 「小諸雑記」一冊と新しい句帳を入れました。その前に母達と愛子を、先生の命名して下さいましたあの九頭竜川に臨んでゐる二階の愛居に運びました。行き度いと云ひ遺しましたので。

  虹の上に立ちて見るてふことも  愛子
  虹の上に立てば小諸も鎌倉も   同

 愛子は始終虹のことを考へながら息を引取つたものらしかつた。

-昭和22年7月-